演出ノート


 「次は『リア王』だな」。2010年3月23日未明、『オセロ』を原作のイタリアから仙台藩が北の守り人として遣わされた蝦夷の地に、褐色のムーア人をアイヌに置換えた『アトゥイ(アイヌ語で海)・オセロ』の脚本を書き終えた瞬間、私は呟いたことを覚えています。しかし、その「東北オセロ」の八戸公演から戻ってほどなく、私たちは大地震とそれよりも恐ろしい津波に襲われました。「もうやれないがも、いや、それどごろではない、もうだめだ」と思ったのは私だけではありません。

 この災害で、無傷だった東北人はむしろ少ないと思います。命を失った人がいます。命を失った家族や友をもった人、家が流されあるいは家が崩れあるいは職場を失った人がいます。そして更にそういう人を身近に感じている人がいます…あの日私たちはさまざまなレベルで被災したのです。

 劇団シェイクスピア・カンパニーはプロの集団ではありません。アマチュアです。ということは、この活動で、学費や家賃を払ったり、米を買ったりしている人はいないということです。裏を返せば、私たちひとりひとりに、右足をおいている、それで生活しているもう一つの場所があるということです。私は大学教員ですし、役者の職業は眼科助手、主婦、会社社長、高校教員、大学生、専門学校生、高校生と多彩で、年齢は10代から50代に及びます。

 日々お芝居の世界に埋没しているというわけでは必ずしもなくて、みんな別世界をもっています。とりわけ、自分たちの体の中にある母や祖母の言葉を、方言を大事に考えている私たちにとっては、毎日の普通の生活こそが、つくっていく源泉なのです。そして体を支えている右足が踏んでいる地面が崩れると、もうどうにもならないのです。

 ふたつのことが、私たちを今日お見せする『リア王』ならぬ『新・ロミオとジュリエット』に向かわせるきっかけになりました。ひとつは、1995年の劇団旗揚げの日から、2011年まで、私たちのつたない舞台を見てくださった延べ15,000人に及ぶお客さんのおひとりの言葉です。「やめんのすかわ?なんだや~毎年楽しみにしてんだよ。まだやってけだらいいっちゃ」。私たちは、ただただ好きでやってきたのですけれども、こうしてまがりなりにも16年も(昨年のことですから)続けて来られたのは、お客さまが来てくださったからだ!とあたりまえのことに気づかされて、胸がつかれるような思いがしました。でも、そのおばあちゃんは、「んでも、短くて、誰も死なないのやってけさいん」と助言をしてくれました。この言葉で、うずくまっていた私たちは、ともかく立ちあがったのです。

 もうひとつは、たまたま訪れた私たちの劇団誕生の地、福島県天栄村にあるブリティッシュ・ヒルズでの出来事です。いつもはたくさんの宿泊客で賑わうその日本のイギリス村には、閑古鳥が鳴いていました。まったくお客さんがいないのです。私は、ここで演じられた『ロミオとジュリエット』のラストシーンを思いだしていました──入れ違いに自死したふたりの恋人の魂が立ちあがって、手をとりあい肩をならべてマナーハウスの前に広がる広場を横切っていく、そのふたりを広場の真ん中に悠然と立っているシェイクスピアさんの銅像が見守っている、あの真夏の夜の光景を。いつの間にか、シェイクスピアさんの近くに立っていた私は、失礼して台座にあがって、こう語りかけました。まず英語で、それから仙台弁で。「いや~久しぶりでした。ご無沙汰してました・・・あれがらいろんなごどあったげんとも、なんとがこうして生ぎでます、お芝居もまだやるべ、って」。しばらくぼんやりとして部屋に戻ろうとした時に、幻聴のように聞こえたのです、シェイクスピアさんの「まだ来てけだらいいちゃ」という声が。それも英語ではなく、仙台弁で。私の心のうちなる声?いや、あの時、たまたまブリティッシュ・ヒルズを訪れたことそのものが、なにかだったのかもしれませんが、それまであった『リア王』はどこかに消えていて、翌朝、私は備忘録にこう記しています。「『新・ロミオとジュリエット』誕生!」

 仙台に戻り、今や、風前の灯火となったシェイクスピア・カンパニーの仲間たちに、シェイクスピアさんの声の話をしました。みんな目を浮かせて「『新・ロミオとジュリエット』!やりたいな~」と言っていたのを思いだします。しかし、活動できなくなってしまった仲間たちを除いた私たちの集団は痩せた狸のようでしたから、これまでにない規模のオーディションを展開し、たくさんの新人劇団員を募集に踏み切ったのです。集まって来てくれたのは、原作のロミオとジュエットの年齢にふさわしい若者たちでした。ほとんどが10代後半から20代前半です。

 新人募集と同時進行で動いていた脚本グループは、三つの柱を建てました。「短い(60分から90分)喜劇、舞台は温泉旅館、時代は昭和30年代」。そして、プロデュ-スの方針は「まだ来てけだらいいっちゃ」というシェイクスピアさんの言葉を大切にして、「コメディ三部作(『ロミオとジュリエット』『リア王』『お気に召すまま』)として三年がかりで福島・宮城・岩手の被災地を巡る。照明や音楽を最小限あるいは無にして、まさにシェイクスピアの時代がそうであったように、言葉の舞台にする、言葉のご馳走を届ける、そういう気持ちでつくり、歩く。お金はかけない。豪華弁当じゃなくて、塩むすびと沢庵ふたきれ、のような舞台」というものでした。脚本構想は、女川で行われました。女川を舞台にしようと思ったからではありません。この光景を見て、この光景を感じて、考えよう、そこから出発しよう、と思ったのです。

 私に、演出の極意を教えてくださった先生のひとりに英国ロイアル・シェイクスピア・カンパニーのシシリー・ベリ-がいます。彼女は新しいお芝居を始める前に決まってこう言って、ご自分を、役者たちを、プロダクションに関わるすべての仲間たちを鼓舞したその言葉で、この私たちの旅の始まりの言葉を締めくくりたいと思います。

 「さあ、みんな、いよいよ発見の航海に乗り出すよ!」

 

シェイクスピア・カンパニー主宰 下館和巳


                  キャスト


役名(ふりがな) ※役柄

原作名 役者名

河富礼二郎(かふれいじろう)

※国際観光ホテルベローナ社長

キャピュレット ササキけんじ

河富可南子(かふかなこ)

※社長夫人

キャピュレット夫人 長保めいみ

河富樹里(かふじゅり)

※娘・宮野学院中学3年

ジュリエット

石井李奈

星佳奈(能-BOX公演 12/2昼の部)

千房琉人(ちぼうると)

※可南子の甥・金時建設御曹司

ティボルト 渡邉欣嗣

おなす

※河富家の女中・樹里の乳母

乳 母

及川寛江

渋谷菜美子(松山酒ミュージアム公演・石巻公演

      ・能-BOX公演)

針素凡凡(はりすぼんぼん)

※伊田里医院御曹司・医学生

パリス 日下凌一
高橋利樹(南三陸公演)

門太牛衛門(もんたぎゅうえもん)

 ※名湯舌奈旅館主人

モンタギュー 浅見典彦

門太里子(もんたさとこ)

※女将

モンタギュー夫人 石田愛

門太露未緒(もんたろみお)

※息子・伊田里高校3年

ロミオ 高橋利樹
日下凌一(南三陸公演)

真木久四郎(まききゅうしろう)

※露未緒の友人

マキューシオ 藤野正義

円堀雄(えんほりお)

※露未緒の友人

ベンヴォーリオ 二ツ森航平

廉州信夫(れんすのぶお)

※またぎ・芙来亞寺住職

ロレンス神父 犾守勇

二休(にきゅう)

※芙来亞寺副住職

――――

及川寛江(松山酒ミュージアム公演・石巻公演

     ・能-BOX公演)

三休(さんきゅう)

※芙来亞寺副住職

―――― 猪野楓

白土三吉(しらとさんきち)

※舌奈温泉共同浴場番頭

コーラス

日下凌一

高橋利樹(南三陸公演)

駐在守(ちゅうざいまもる)

※伊田里交番警察官

大 公 日下凌一
高橋利樹(南三陸公演)

駅野勤(えきのつとむ)

※伊田里駅長

―――― 浅見典彦

園まり子(そのまりこ)

※歌手

――――

石田愛

渋谷菜美子(松山酒ミュージアム公演・石巻公演

      ・能-BOX公演)

野宮朝子(のみやあさこ)

※スナック伊田里ママ

―――― 長保めいみ

佐美恵理(さみえり)

※名湯舌奈旅館女中

サミエル 星佳奈
石井李奈(能-BOX公演 12/2昼の部)

暮古梨(くれこり)

※名湯舌奈旅館女中

グレゴリー 猪野楓

阿武羅葉(あぶらよう)

※国際観光ホテルベローナ女中

エイブラハム 及川寛江

春沙座子(はるさざこ)

※国際観光ホテルベローナ女中

バルサザー 石田愛

ノリ平(のりへい)

※国際観光ホテルベローナ社長秘書

――――

日下凌一

高橋利樹(南三陸公演)

水戸正幸(みとまさゆき)

※肉屋のマーボ

―――― ササキけんじ

中華軒二(ちゅうかけんじ)

※来来軒のケンちゃん

―――― 浅見典彦

更級三郎(さらしなさぶろう)

※そば屋のサブちゃん

―――― 藤野正義

鮪刺身(まぐろさしみ)

※魚屋のサッちん

―――― 渡邉欣嗣

                  スタッフ


脚本・演出
下館和巳
脚本構想
下館和巳 丸山修身 鹿又正義 菅原博英
製作
藤野正義 八巻聖也
アシスタントディレクター
渡邉欣嗣
アクティングアドバイザー
青木依里 小嶋祐美子
音楽・音響
橋元成朋
プレリュード
月輪まり子
照明
佐々木卓真 小澤恵里奈
ポスターデザイン
庄子陽
フォトグラフ・記録
千葉安男 須藤礼子
衣装
菅原裕子 鹿戸知恵 長保めいみ 石田愛 猪野楓 星佳奈
メイク
石井李奈 及川寛江
小道具
ササキけんじ 渡邉欣嗣 二ツ森航平 高橋利樹
プログラム
浅見典彦
会場

千葉妙子 両國浩一 菅ノ又達 山路けいと 塩谷豪 名畑目雅子

   
スーパーバイザー
大平常元
制作 シェイクスピア・カンパニー