再びシェイクスピアの国で
~ 総本山へ乗り込む ~
(5) 2003年 3月11日掲載
通の観客と、にわか批評会
昼(マチネ)はお年寄り、夜は中年、真夜中(11PM)は若者が客層の中心 撮影 中村ハルコ
有名な演出家を輩出
気がつけばいつも劇場にいる。
それは、わが家の扉を開けて5分程歩くと、劇場が3つもあるからでもある。その中でも、ADC劇場(1885年創立)は、大学付属の劇場としてはイギリス最古である。
この劇場は一見何の変哲もないが、中身は濃厚で、きら星のごとき演出家や役者を次々と輩出している現代イギリス演劇の登竜門的存在なのだ。
いつも劇場で会う年配のご婦人に「演劇学科もない大学からどうしてこんなにすごい演劇人が出てくるんでしょうね」と聞いてみる。すると、「ないからでしょう」という言葉が返ってきて、なるほど、と思う。
珍しく多い若者の姿
イギリスの劇場は、大方中年以上の、とりわけ、お年寄りに席捲(せっけん)されていて、若者の姿は少ない。あるマチネの『マクベス』公演をロンドンで見た時、若者が2階席(ここは入場料が安い)にあふれていた。珍しいなと思って、右隣に座っているキャサリン・ヘップバーン似のご婦人に訳を尋ねると、「ショーン・ビーン(マクベス役)を見に来てるのよ」と言う。彼は、007などで人気の俳優だ。
劇評もなかなかよくて、私も楽しみにしていた。舞台美術も音楽も現代的で新鮮だったが、肝心の主役マクベスがだめだ、と私はせりふを聞いて思った。マクベス婦人は秀逸だったから、2人のエネルギーの質の違いの不均衡が際立った。しかし、マクベスが現れただけで若者たちの席は沸いた。
「うるさ型」が支える
幕間(まくあい)で、隣のヘップバーンが「いかがです?」とたずねるので、「魔女たちの演出は独創的ですね」(3人そろって金髪の美女で、魔性と言うよりはエロスを象徴していたようだ)と答えると、不満そうに「まあね」と一言。私は彼女をなかなかの通と察知して「でも、マクベスは手抜きですね」と言ってみると、彼女は途端に生き生きとしだして、「そうでしょう、せりふのビートが利いてないし、感情移入がなってないのよ」ときた。
すると、私たち2人の辛口批評に、左座席の老紳士と前座席の夫婦が加わって、その場はにわかに批評会となった。老紳士は「ショーンは映画スターだからね甘やかされとる」と寸鉄人を刺す。私は途中からほぼ聞き手に回っていたが、この15分間は2時間の芝居よりはるかに面白かった。
芝居の度にこんなことがあるわけではないが、隣におばあちゃんが座ると、まず間違いなく、芝居が10倍楽しくなることがわかった。そして思う。イギリスの芝居は、実は劇評家ではなくて、うるさいお年寄りの観客に支えられているんだ、と。