再びシェイクスピアの国で
~ 総本山へ乗り込む ~
(1) 2002年10月11日掲載 刺激的 舞台づくりに挑戦
けいこの後のある夜、劇場の楽屋で役者たちと語り合う筆者(左から2人目)
魂を感じさせる劇場
今から400年前、人口20万の都市ロンドンで、毎日3千人近い観客を集めてにぎわっていた劇場があった。それは、テムズ河南岸に建つグローブ座だ。シェイクスピアは、その半屋外の、木造で丸い芝居小屋の中で数々の名作を生み出した。
しかし、その劇場は、市民に仕事をさぼらせ、娼婦(しょうふ)やスリをはびこらせて、聖職者や市当局から不潔で不逞(ふてい)の悪所として嫌われ、1644年に閉鎖された。
1997年、その魅惑の劇場は新グローブ座として復元され、今や世界中の注目を集めている。人気の秘密は、シェイクスピアの魂を感じさせる劇場の特別な雰囲気と、そこで毎年上演されている刺激的で実験的な芝居にある。
世界中から精鋭14人
私はこの夏、グローブ座の実験のひとつである<世界中から集められた14人の演劇人によるシェイクスピア劇の上演>というプロジェクト・メンバーの一人に選ばれた。出し物は、「ハムレット」「オセロ」などから恋愛のテーマを軸に厳選された場面を二時間の芝居にまとめたものだ。
14人のうち役者は11人、脚本家、時代考証家、演出家が3人だ。そして、私たちを支える身体・声・言葉のスペシャリストが3人いる。
初顔合わせの日、稽古(けいこ)場にその17人が集まった。私たちはそれぞれあいさつを交わし合う。有名な喜劇女優コレット、国立劇場のラウル、ウエストエンドで活躍するニコラス…。役者は皆、舞台や映画で見覚えのある顔ばかりだ。私のうれしさは、一瞬にして、「この人たちをこの私が演出できるのか?」という焦燥感に変わった。国籍はイギリス、アメリカ、カナダ、オーストラリア、ニュージーランド。私を除くすべてが、英語を母国語として育ち、子供のころからシェイクスピアに触れている者ばかりだ。
私は、まるで、日本の歌舞伎の制作陣の中に一人だけ交じった外国人のような気持ちだった。泣きだしたいとはこのことだ。が、もう引き返せない。自分が好きで選んだ道だ。やるしかない。
過酷なスケジュール
発表されたスケジュールは、過酷なもので、休みなどないに等しく、稽古は朝9時から12時間。私たちの宿舎は、ベッドと机と電気スタンドだけのまるで独房のような部屋だったこともあって、その夜の私は、これからの1ヶ月を想像して眠れなかった。
翌朝から始められた身体と声の訓練は、ルネッサンス時代の「人間は宇宙の縮図」という思想に基づいた独特なもので、私は発見の悦(よろこ)びに畏(おそ)れを忘れていた。とりわけ、声のスペシャリストの言葉は皆の胸を打った。「この空間は”創造の子宮”です。あなたたちはだから役者として、ここで、もう一度生まれるのです」
稽古の後、演出ノートの準備をするうちに真夜中の2時をまわっていた。私はふと誰もいないグローブ座を見たくなった。夜警の許しを得て劇場の扉を開けると、カナダ人役者のピーターが舞台の上でせりふの練習をしている。私は、闇の中で一人彼の姿を見つめているうちにメラメラと力が湧いてきた。
よしおれもがんばっつぉー!