新宿の売春婦

 

更新日:2014年5月24日

作家 丸山修身

 

  日本一の歓楽街といわれる新宿・歌舞伎町に、「ゴールデン街」という時代に取り残されたかのような一画がある。花園神社のすぐ隣である。僕が大学時代、唐 十郎の「状況劇場」がこの境内に大きな紅テントを張って、世間の良俗に挑むかのような前衛劇を上演して、大いに世間を騒がせたものだ。
    50メートル四方ぐらいの区画の中に狭い路地が走り、マッチ箱みたいな飲み屋が建ち並んでいる。街の呼び名とは裏腹に、どこか秘密めかしたような、日 陰っぽい独特の雰囲気が漂っている。それも道理、ここはかつては非合法の売春地帯、青線であった。合法のものは赤線と呼ぶ。
    若いみなさんは売春が合法だったと知って驚かれるかもしれないが、売春防止法が可決成立したのが昭和31年(1956)、赤線が廃止となったのは昭和33年(1958)のことであった。僕が小学校5年生の時である。 
    この狭い一画だけは、今も終戦直後の雑然とした雰囲気を色濃く残し、外国人向けのガイドブックに載っているそうで、カメラを持って物珍しそうに歩いてい る外国人観光客が目立つ。こういう昔風の飾らない佇まいを好む人もいて、あっと驚くような著名人もよくやってくる。先月4月20日、日曜日、NHK朝8時 からの番組『小さな旅』で、この新宿ゴールデン街が紹介された。憶えておられる方も多いのではないか。
    新宿にこういう場所が残っていることを、僕はうれしく思っている。
    
    10年ほど前のことである。森哲郎という僕の大学時代の友人が、ここに『蛾王(がおう)』という名の店を開いた。森はもともとテナーサックス奏者なのだ が、ジャズではなかなか食えず、夫婦で店を構えたのだった。けばけばしくて怪しそうな店名だが、決してそのようなことはない。裸電球一個がほのぼのと中を 照らす、カウンター席だけで6,7名で満員となる小さな店である。気の置けない家族的な雰囲気で、学生時代の友人達がよく集う。
    森は学生時代以来の無二の飲み友達であるから、『蛾王』に行けば心置きなくわいわいと飲むことになる。昔は森と飲むとほとんど朝帰りになったものだ。今 日はちょっとにしておこうと合意して飲み始めるのだが、ついメートルが上がって歯止めがきかなくなってしまうのだ。だが今はお互い無茶をしなくなった。今 の僕の適量は、ビール中瓶、2,3本に加えて、ウイスキーボトル半分ぐらいといったところか。もちろん毎日飲んでいる訳ではない。時たまである。
    
    『蛾王』に行くと、終電で帰ることがほとんどである。僕が乗る中央線下り最終電車は0時50分で、店内の目の前にある時計を見ながら飲むことになる。
    例えばある一日はこんな具合だ。店を出て、いい気分で新宿駅に急ぐ。薄暗い花園交番の前を過ぎ、広く明るい靖国通りに出る。この時刻、交差点付近は終電を目指す老若男女の酔客でごった返して騒然としている。
    大通りを渡った瞬間である。一人の女が雑踏の中から突然現れて、さっと僕の腕を掴む。
「ねえ、どう?」
    僕は瞬時に状況を察知する。明らかにビルの角に立って、ゴールデン街から吐き出されてきた酔客を物色していたのだ。
「ダメ、ダメ。終電だ。帰る、帰る。間に合わない」
 僕は前を向いたまま素っ気なく言って、そのまま駅に急ぐ。女は僕の腕を抱きかかえるようにして離さない。そのままぶら下がるようにしてついてくる。
「ねえ、どう? ねえ、どう?」
    女はしつこい。この時、周りには肩が触れ合う程に、周辺の飲み屋から出て帰宅を急ぐ人々がいるのである。
    僕が強く拒んでも、女は容易にはあきらめない。食らいつくように腕にぶら下がって、およそ20メートルぐらい、紀伊国屋書店の辺りまでついてくる。そし て前方に新宿通りの信号が見えると、プイと一瞬で離れていく。脈がないとわかれば、実にあっさりしたものだ。そしてまた次の相手を物色しに靖国通りの交差 点に戻っていく。
    僕は紀伊国屋書店の前で青信号を待って新宿通りを渡り、大勢の人とともに新宿駅の下り階段に吸い込まれていく。抱きつかれた腕には生々しく女の感触が残っている。
    このようにして、ゴールデン街からの帰りに、僕は三回に一回ぐらいの割合で抱きつかれたものだ。これだけ堂々と売春の客引きをやっているのに警察は何をやっているのだろう、と不思議に思ったものである。
    
    面倒なことにならないよう、抱きつかれても目は合わせないことにしていたのだが、一度、びっくりして女の顔を見たことがある。
    みなさんは福田衣里子(えりこ)という女性をご記憶だろうか。10年ほど前、薬害肝炎訴訟の代表的メンバーとして名を馳せた女性である。小柄で目が大き く、良く通る声できっぱりとした話し方をして、テレビにもしばしば登場した。その後、「小沢ガールズ」の一員として衆議院議員を一期つとめたが、前回の選 挙では落選した。その福田衣里子に、新宿の売春婦はよく似ていた。
    ただこれは、薄暗い中で僕が受けた一瞬の印象である。当然、厚化粧で化けているだろうし、年齢も、30代にも見えたし、50過ぎのようでもあった。服装はごく普通の、目立たない勤め人風だった。
    
    それにしても不思議で仕方がなかったのは、女がどうして僕に目をつけるかということだった。酔っ払いは僕の他にも大勢歩いているのだ。或いは僕が単独で 帰るからかも知れないとも考えたが、一人で飲む人はゴールデン街にはいっぱいいる。むしろ一人で飲みにいく客の方が多いかも知れない。なにせ小さな店ばか りであるから、集団で飲むのには向かないのだ。学生時代の友人達に訊ねてみたが、誰も抱きつかれたことがないという。不思議ではないか。
    僕がそんなに女に餓えた、いいカモに見られるのだろうか。分からない。女はプロとして網を張っている訳であるから、独特の嗅覚があるはずなのだ。どう考えても不可解、摩訶不思議である。
    
    もう2,3年前になるだろう。ある朝、新聞を開いて僕の目は一つの小さな記事に釘付けになった。新宿で売春行為を行っていた女が逮捕されたというニュー ス記事である。その場所、状況は、まさに僕が出会ったあの女「福田衣里子」にぴったりであった。やはり警察はずっと目をつけていたのだ。
    その後、ゴールデン街で飲んでも、ぱったりとあの女に出会わなくなった。そうなると妙にさびしいものである。やはり女に抱きつかれるというのはうれしいものだ。
    あの女は今どこで、何をしているだろう。