下館和巳のイギリス日記




Vol.3   2002.10.19

ロンドングローブ座9月9日、「Savage Sensuality」上演にあたり、来英していた日本人に宛てて書かれた芝居の解説、抜粋です。

'Savage Sensuality'というのは、「激しくみだら」という意味で、まるでポルノ映画の宣伝文句みたいですが、芝居の中身は案外マジメ。 7つの作品の7つのシーンを創作年代順にお見せしますが、それぞれ導入として即興が入ります。

リチャード三世(RichardⅢ) 4幕4場
 マクベスともよく比較される悪党で、醜い容姿と雄弁を特徴とします。ヘンリー六世を殺し、 飛ぶ鳥を落とすいきおいで力を伸ばしてきたリチャードもその力に影が落ち始めています。リチャ ードに殺された息子のことを悲しむエリザベス、そしてリチャードの母が登場。それぞれ呪いの言 葉を吐きます。特にリチャードの母が「みにくいお前を産み落したのは間違いだった」と、激しく 語るのは印象に残ります。最後にエリザベスとリチャードが舞台に残りますが、そこでリチャード は、エリザベスの娘を自分の妻にしてほしいと頼むのです。エリザベスは嫌悪感をあらわにします が、一方、娘がリチャードの妻になれば自分は女王の母になるという野心も働きます。政治に生き ている男と女の掛け合いがそこにはあります。歴史劇ですが、リチャード三世の悪党ぶりが見事で、 最後には殺されますから悲劇とも言えます。

から騒ぎ(Much Ado About Nothing) 4幕1場
 結婚式のシーンです。花嫁のヒアローが父と一緒に登場。新郎のクローディオとその仲間達が 集まっています。式が始まりますが、新郎の様子がおかしい。彼は、花嫁が浮気をしているという 密告を受け、怒りに溢れているからです。式の途中、新郎が噂のことを皆の前で語りだすと、皆、 混乱し始めます。父も弁護する側から攻撃する側に立って、娘を責めます。ヒアローはショックで 気を失いますが、牧師はヒアローを死んでしまったことにして、彼女の濡れ衣をはがそうと断言し ます。最後、口げんかが絶えないけれども密かに愛しあっているベアトリスとベネディクトが舞台 に残りますが、従妹を侮辱されて怒りに涙を流すベアトリスはベネディクトに、クローディオを殺 してほしいと頼みます。このシーンは、シリアスですが、全体のトーンはとても明るい喜劇です。

ハムレット(Hamlet) 3幕4場
 生きるべきか云々のせりふはこのシーンには出てきませんが、ハムレットの中でも有名なシーン の一つです。ハムレットの母、ガートルードは、夫が死ぬとその夫の弟クローディアスと時をおかず に結婚。そのことでハムレットは母に激しい不信感を抱きます。マザー!と呼びながらハムレットが 登場。軽口をたたき、母を責めるハムレットの前に、死んだ父の亡霊が登場します。中央から。この 亡霊はハムレットにしか見えないのです。亡霊は母に反抗する息子を叱ります。このシーンは母の寝 室ですが、死んだ父とハムレットと母の三人が登場する濃い場面です。ハムレットは叔父と父を比較 して、どんなに父が姿も中身も優れていたかを長々と語るのですが、ハムレットのいらだちと苦しさ と怒りが、母への想いと激しくぶつかるシーンです。最後にクローディアス(ハムレットの叔父、母の 現在の夫)が登場、書き忘れましたが、途中、誤ってハムレットに殺されてしまったポローニアスのこ とを知らされて、自分の身に危険を強く感じます。ハムレットは復讐劇です。結局、ハムレットは叔 父を殺して自分も死にます。こんなに人が殺される、9人も、シェイクスピア劇は珍しい。世界でい ちばん有名な主人公のでるお芝居です。

コリオレイナス(Coriolanus) 5幕3場
 これはローマの史劇ですが、日本では全くといっていいほど上演されない、英国でもあまり人気のな い作品です。政治のことにしか関心がない、堅物で民衆の心を知らない、ごうまんな貴族出身の軍人 の物語です。このシーンは、ローマの民衆を押しつぶそうとするコリオレイナスのもとに、母と妻と 息子と、友人の妹が、コリオレイナスを説得にくるシーンです。自愛心の強いコリオレイナスが母に 頭を下げられて泣きながら、民衆を危険にさらすことをやめるわけですが、ジュリアス・シーザーなど と似ている雰囲気がありますが、全体的に形式ばっていますね。やっぱり面白くはない。

オセロ(Othello) 4幕2場
 ムーア人のオセロは、イタリアの貴族の娘デスデモーナとかけおち結婚をします。が、オセロはベニ スからすぐさま地中海のある島に将軍として赴任します。ドラマは、小さな島の中のとりでの中の部 屋で起きるのです。閉じ込められた空間の、情報がない世界の悲劇です。イアーゴにデスデモーナの 不義を吹き込まれたオセロは猜疑心に溢れています。デスデモーナを呼び出しますが、激しく厳しく デスデモーナを責めます。「お前はおれの命の泉だったのに今はドロ沼」だと。悲しみにくれるデスデ モーナは、すべての原因であるイアーゴの正体を知らずに彼を呼び出します。

トロイラスとクレシダ(Troilus and Cressida) 3幕2場
 悲劇なんだか、喜劇なんだかさっぱりわからないが、このシーンは誠にロマンチックです。一見です が。トロイの王子トロイラスがうきうきと登場。クレシダに会いたくて会いたくて仕方がない。その 仲をとりもっているのが、クレシダの叔父のパンダラスです。まるでこのシーンは、ロミオとジュリ エットのバルコニーのシーンのようです。トロイラスの言葉の面白さは、恋人に人目をはばからずメ ロメロになっている男という姿にあるでしょう。馬鹿じゃないかこいつ、そういう面白さです。ジュ リエットがそうであるように、ここでもクレシダのほうが大人でかしこい。一見と書いたのは、この 芝居の後半でクレシダはいとも簡単に心変わりしてトロイラスを嫉妬で苦しめることになるからです。 ロミオとジュリエットよりはるかにリアルなお芝居と言えます。

ヘンリー4世Ⅱ部(HenryⅣ.Ⅱ) 2幕4場
 ここに登場するフォルスタッフは、シェイクスピア劇ナンバーワンの人気者です。ヘンリー5世にな るハル王子は、このフォルスタッフと毎日毎日、パブで遊びまくってる。放蕩息子の典型です。フォ ルスタッフは酒飲み、口が悪く、女好きで大ボラ吹きの男ですが、愛すべき男。このシーンでは、ま ずフォルスタッフの恋人と酒場の女将、そして部下のピストルがケンカになる。騒ぎが終わると、ハ ル王子がポインズと登場。この二人の悪口を言っていたフォルスタッフは気まずい思いをします。フ ォルスタッフは結局、悪友の王子ハルに捨てられるのですが、それがあまりひどいというので、彼が 主人公のお芝居「ウィンザーの陽気な女房」が出来たほどです。

*グローブ座の雰囲気と飾りもなにもない舞台で飛びかう英語の音を楽しんでください。

Information
10月11日(金)から、河北新報夕刊にて、下館和巳のイギリス滞在記、
「再びシェイクスピアの国で」の連載が始まりました。(毎月の予定で、随時掲載です)
このコーナーとはまた違った内容です。こちらもお楽しみに。