下館和巳のイギリス日記




Vol.12  ―ランズエンドへの旅(4)―岬の劇場の輝き―  シェイクスピアの誕生日を記念しての六部作 その6 

 いつの間にか、ドライヴァーとナヴィという車内での要職を奪われた私は、祥子夫人から健康なダイエットについ ての講義を受けたり、地域社会におけるクリーニング店の新しい役割について熱い議論をかわすことで、後部座席 に早期引退を強いられた屈辱感を紛らわしていた。

 それにしても遠い。やっとペンザンスに着いたと思ったら、そこからまだまだある。「そろそろですね」 「そうですね」フロントシートから、二人の声が聞こえる。

 このコンウォール半島の先端にある劇場については、エクセター大学の学生だった頃から耳にしていたが、 私たちが劇場構想を持ち始めてから、是非訪れてみたいところの一つになっていた。

 劇団の仲間たちの来英は、またとないその劇場への旅の機会と思われた。

 岬の先の先に車が進む。しかし、辺りの風景にさびれた感じがなくて、どこまでもきちんとした風が印象的であ った。突然左手に白い砂浜と青い海が見えた。まるで地中海のようだ。

 ミナック劇場に立つ。イギリスの西南端の岬にある、崖っぷちの野外劇場だ。大西洋の青にだかれる石、石、石の舞台に、 息を呑む、と同時に、この劇場を50年がかりで自力で完成させたおばあちゃんロウィーナ・ケイドの不屈の情熱に、涙が 溢れて体が震えた。言葉を失う、とはこのことだ。しばらくの間、私たち四人は黙ったままで、作品名と上演年が掘り込ま れたやわらかい石の客席に腰掛けて、春の光に輝く海を見つめていた。 

    「リア王をここでやりましょう。2011年9月」(下館)

「いいなー!」(皆)

「んで、一応舞台の大きさ図っておぐがな」(梶原)

「音響の場所はここですね。電源もあるし、いやー最高!」(橋元)  

「楽屋もちゃんとある」(祥子夫人)


 一時間後、私はこの劇場のマネージャーのジャクソン氏と話をしていた。善は急げだ。そしてe-mail よりも手紙よ りも電話よりも会うことがベストだ。

    「仲代達也がここを奥さんと訪れて以来、日本からの来客が多くなりました」
   (ジャクソン氏 )

「ここで是非リア王をやらせていただきたいと」(下館)

「(難しい顔で)ここでは外国の劇団が上演したことはないですし、観客も国際

   的というよりは、地元の人たちですからね・・・できる可能性は低いと思い

   ます」


 私は話題を変えた。そして、かつてエクセターの学生であったこと、オペレッタクラブで海賊を演じたこと、 劇場建設の夢を持っていることを話した。ジャクソン氏は、私がエクセターにいたことに親近感を覚えたようで、 表情が和らいだ。私はそこで畳み込むようにまた上演の話をしだした。

    「可能性が全くない、ということはないんですね」(下館)

「いつの予定ですか?」(ジャクソン氏)

「ハムレットが来年、オセロウが2008年ですから、2011年です」(下館)

「(驚いて微笑む)」(ジャクソン氏)

「ともかくミナック劇場は、ワンダフルです。」(下館)

「九月のシーズンの終わりに、特別イベントとして考えことができるかもしれ
ませんね」(ジャクソン氏)

「それは素晴らしい。二、三日の予定で」(下館)

「そうですね」(ジャクソン氏)


 2011年は、ロンドン・グローブ座とコンウォールのミナッ ク劇場で「リア王」上演は、これで見えたぞ。