下館和巳のイギリス日記




Vol.11  ―ランズエンドへの旅(3)―墓堀と出会う―  シェイクスピアの誕生日を記念しての六部作 その5 

 目覚めると、左に恋人が、いや橋元氏が眠っていた。

 だいぶ昔のことだが、私の東京は小金井のアパートに幼馴染の友人洋一が泊まった。布団がなくて、彼は仕方なく私 と一緒に眠ったのだが、朝まだき、私は彼に突然飛びかかってキスをしようとした、ようだ。理由はわからない。彼の 「和巳、俺だよ、俺、やめてくれー!」という悲鳴だけは、今も忘れていない。翌朝、あまりの気まずさに「済まなか ったね」という言葉さえ言えず、沈黙のうちに朝飯を食べて別れた記憶がある。

 橋元氏の寝顔を見ながら、一抹の不安があった。が、彼の「おはようございます」という爽やかな一言で、それは消えた。

 朝食前に散歩をする。小さな村だ。いつの間にか足は教会に向かっていた。小高い丘に立つと、その向こうにより高い 丘があって朝靄にかすんでいる。懐かしい、懐かしいデヴォン州の朝だ。墓地に小さなお墓があった。墓石に熊のプーさ んの絵が描かれた可愛らしい子供の墓だ。親の心を思って心が痛む。ふと遠くを見やると、中年の男が長方形の木枠とス コップをかかえてこちらにやってくる。

 私たちのすぐそばの空いた地面に木枠を置くと、その男は黙々と土を掘り始めた。墓堀である。

 思わず近寄ってたずねる。「おはようございます。・・いつ亡くなられたんですか? 」墓堀は憂鬱な面持ちで「夕べで す」と一言。「おいくつで?」すると、墓堀はもぐもぐ質問以外のことを喋りだす。「ついこの間奥さんに先立たれたばっ かりでね。ほれ、そこが奥さんのお墓で。」私は、一緒の墓じゃないんだと不思議に思う。「淋しかったんだろうね・・」 と墓堀は言葉を継ぐ。「だいぶお年だった?」「92歳だね」[「この仕事は何年くらい?」「去年です。それまでは、定職 もなくてブラブラしてたんだが、やってみないがって、牧師さんから声かげられでね、まあ、安定はしてるが、いい仕事ど はいえないね」それからしばらく、そつちこちのお墓の住人の説明をしてくれた。

 ハムレツトとホレイショーのように、私たちは墓堀と語りながら立っていた。ここは、やっぱり、シェイクスピアのイ ギリスだ。