新・温泉旅館のお気に召すままへ向かって (No.48 Autumn 2007)
エディット 塩谷豪
9月のある日、私達シェイクスピア・カンパニーの面々は、来たる『温泉旅館のお気に召すまま』再演に向けて、作品の原風景である宮城県の鳴子温泉に来ていました。
シェイクスピア・カンパニーの6作目にあたり、6年前に初めて上演されたこの喜劇は、下館先生が初めてシェイクスピアの原作を大きく離れて脚本を書いた作品です。
原作では、人生に疲れた人々が癒しを求めて集う場所がアーデンという森なのですが、カンパニー版では、昭和30年代の温泉という設定になっています。これは下館先生が、少年時代にお祖母さんの湯治について滞在したという鳴子温泉がモデルになっているのですが、私達はその息吹を五感の全てで吸収するために、鳴子で合宿をすることになりました。もちろん、単純に温泉に浸かりたいという思いもありましたが。
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仙台から鳴子に着く手前にある岩出山町から合宿はスタートしました。ここから脚本のイメージに重なる場所を見つけて場面稽古をしていったのですが、さすがに脚本の舞台となっているだけあって、役者たちもすんなりと風景に馴染んでいきます。
この日の宿は東鳴子温泉にある「旅館大沼」です。8つのお風呂と和服の似合う女将さんで有名なこの宿でも場面稽古は続きました。ヒロイン一行が泊まったであろう四畳半や、駐在所のお巡りさんが女中に恋の悩みを打ち明ける旅館の裏の狭い駐車場、都会の暮らしに疲れた人々が鼻歌を歌いながら浸かる広い混浴風呂など、脚本から切り取ってきたかのように絶妙なロケーションに、下館先生は高揚して饒舌になり、私達役者陣もテンションの高い愉快な稽古をすることができました。これも全て、旅館大沼さんの全面的なバックアップがあってこそです。
その夜総勢20余名の宴会は深夜まで続き、ああでもない、こうでもないと、皆で舞台の構想を興奮気味に語り合って、合宿初日は終わりました。
翌日は朝から、鳴子温泉駅で旅行客に驚かれつつもオープニングの場面を再現したり、温泉神社の石段で、ここでも旅行客に見つめられながらロマンティックな場面を再現したりしながら、合宿の全行程を終えました。2日間の短い日程でしたが、硫黄の匂いや温泉の温度、旅行客ののんびりした雰囲気をいっぱいに体感して、僕達は意気揚々と仙台に戻りました。
前回の『お気に召すまま』公演を終えて感じたことですが、この芝居は、日本中の温泉旅館で起きる些細な出来事の上澄みを掬い取ったような、素朴な作品です。僕は、この芝居の登場人物たちが、実際にどこかの温泉街で暮らしているのではないかと大人げなく空想しています。ご覧になった方が温泉に浸かりたくなるような芝居を目指して、今後も稽古に励んでいこうと思います。