下館和巳
第四幕
「方言の真髄は音にあり」
プロフィール
1955年、塩竃市生まれ。
国際基督教大学・大学院
卒業。英国留学を経て東
北学院大学教養学部教
授。比較演劇選考。シェ
イクスピア・カンパニー
主宰
方言を駆使した芝居を創るようになってから、なんとなく喋ったり聞いたりしてい
た方言について、意識的に考えるようになった。
「かぼちゃの会」を主宰する渡辺裕子さんが年に一度七夕に開く「いっちゃね仙台
弁」に参加させていただくようになってからは、その意識がますます強くなった。裕
子さんは私の母校でもある五橋中学校の先生だが、おばあちゃん子だったせいで体に
方言が染み込んでいる。 でも、 アナウンサーになってその方言を一時遠くに追いや
ってしまったために、方言回帰の思いが間欠泉のように吹きあがってきて、今はいい
匂いのする仙台弁を残そうと一生懸命だ。裕子さんがばんつぁん姿で演じる「一杯清
水」は名水ならぬ名品だ。
「七夕の会」の仲間には、フリーアナウンサーの今野東さんや、かわのめえりこさ
んもいる。東さんは2年ほど前から東京落語に匹敵する話芸を東北弁で築きあげよう
という意気込みで、「民話寄席」を定期的に開いている。東さんは、黒びかりするい
きのいい塩竃弁で、えりこさんはやわらかな遠野弁で、観客をなんともエエ気持ちに
させでける。
忘れてはならない人がいる。 去年亡くなった横山彦平さんだ。 彦平さんは、天江
宮弥さんが創られた「郷土句会」の会長でもあったが、存在そのものが仙台弁といえ
るようなおじいちゃんだった。飄々とした彦平さんの隣に座っていると、なんだかユ
ーモアと一緒にいるようだった。 お酒が入ると仙台弁に艶がかかり、 「わだすぃは
セックスピアでがす」などとオダッテみせて私たちを笑いの渦に巻き込んだ。
そんな彦平さんが天国に行ってしまったので、彦平さんを「ひこ」と呼ぶ仲の庄子
平弥さんが新しい仲間として加わった。いつもニッコラカッコラなさっているが、仙
台弁への愛には並々ならないものがある。
近頃つくづく思うのは、 方言の神髄はイントネーション、 つまり音にあるという
ことだ。語彙としてならば、例えば「やっしゃね」と書いて残せるが、いくら解説を
尽くしても、あの人のあの声のあの調子で語られた「やっしゃね」は、あの人と共に
永遠に消えていく。
音は喋る人の人生、人格そのものなのだ。 だから、かけがえがなく、 耳の奥の奥
にだけ、とてもなつかしい音として残っていく。
(つづく)
朝日ウィル 1999年9月14日号より