London Diary
Vol. 11
5 July 2024
Umi Shimodate
『水の都に溶けるジェラート』
いつも計画的に旅をする人間ではない。就寝する前、突然行きたい国が頭に浮かぶと次の日の早朝に飛ぶ飛行機を予約することもある。
それもあり友人から送られてくる連絡はだいたい「うみ、いまどこの国にいる?」から始まることが多かったことにこのあいだ気づいた。突発的にヨーロッパ旅行ができる、爆発的にリーズナブルな値段でいけることこそがイギリスにいることの醍醐味かもしれない。
英国留学生活にも終わりが近づき、漠然と最後の旅はイギリスの次にゆかりがあるイタリアかなと考えていた。
はじめてベニスに訪れたのは2.3歳の時だった。母が撮った人見知りの私が顔をしかめながら知らないおじさんに抱っこされている写真を見つめながら、イギリスにいる間にここに絶対訪れなければならないと思った。
水の都。と呼ばれるだけあり、目の前に広がるのは水と街が融合した幻想的な風景。真っ青な青空を想像していたが、深く霧がかかっていたためより非現実的な世界にいるような気分になる。
路地は狭く、階段も多い、車はもちろんのことバイクも一台も走っていない、救急車も消防車もタクシーもすべて船なのである。移動手段としては徒歩、水上バス、ゴンドラ。常に水と共存。街灯も少ないため夜に水上バスに乗ると漆黒の暗闇。自分がどこにいるのかもわからなくなる。この不便さが水の都としての美しさを保つ秘訣なのかもしれない。
対岸にはサン・ジョルジョ・マッジョーレ島が見える。ここからゴンドラに乗ることにした。偶然にもイギリス人夫婦二人組と相乗りすることになった。運河をゆっくりと進む、チャポン、チャポン、ゴンドラにオールと水ががぶつかり合う音がなんとも心地よく、今にも眠りに落ちそうになる。
迷路のようにくねくねした路地を抜け、脳内に流れる「ベニスの夏の日」のメロディに身を委ねながら食べるジェラートは格別であった。
イカ墨パスタを求め道に迷ってる時、ふわっと私が嗅いだことのある匂いがした、それはパスタを茹でてる匂いなのか、スープの匂いなのか、分からなかったが5歳のときトスカーナのお家で嗅いだことのある懐かしい匂いだった。あれから20年以上この匂いと出会った記憶はない。匂いと記憶の結びつきは強いものだ。
空港に向かう船の中、もしいつかベニスが水の下に沈む時が来たなら私も一緒に沈んでもいい、そう思った。