London Diary

Vol. 12

4 August 2024

Umi Shimodate


『すべてを経験せよ』

“Time flies.”

「この2年間は風のように過ぎ去ったように感じるよ」

 

イギリスを去る時が近づき、今の心境を聞かれるたびにこう答えていた。

 

この2年間は濃すぎた、濃すぎて、その質問への回答を探そうと後ろを振り向くと走馬灯のように輝かしい記憶の欠片が集まり始め一言ではとうてい表現しきれない。

 

イギリスにいた2年間は、自分との対話の時間だった気がする。

 

 

留学初日の夜のことは、忘れないものだ。未来への期待よりも、孤独感、英語が上達しない自分を想像した。今にも割れそうな不安という名の空気でパンパンの風船を抱き抱えて眠りについた。あの日の自分に今の私が「なんとかなってるよ」と声をかけても信じなかっただろう。

 

「話せない」と何百回、何千回、唱えただろうか。流暢な英語が飛び交う教室、大学生の会話のなかに幼稚園児が会話に混ざろうとしているような惨めさと戦い、なんとか日々を乗り越えていた。授業終わり、寮に帰っても落ち込んだままだと思ったので近くにあるパーカーズピースというお気に入りの公園で芝生の上に寝っ転がることが唯一の癒しだったりもした。頭の上に載せていた本を取るといつのまにか大量のカラスに囲まれていたり、葛藤していた日々たちが今はすごく愛おしい。 

 

外国での生活は一筋縄で行かないことばかりだ。そういうとき、私はいつも詩人ライナー・マリア・リルケの詩を反芻する。

 

Let everything happen to you

Beauty and terror 

Just keep going 

No feeling is final

 

「すべてを経験せよ 美も恐怖も 生き続けよ 絶望が最後ではない」

 

まさに私はここで美も恐怖もすべての感情を経験することができた。

 

 

イギリスの憂鬱な雨模様に悩まされて、家から一歩も出たくない日もあった。

悩んでる時、頭の中でぐるぐるぐると負の連鎖をはじめるのが私の悪い癖である。イギリスの天気と同じような気持ちを漂わせながら自問自答を繰り返す日々。だからこそ、見えてくるものもあった。

 

都内から遠く、治安も悪くGoogleレビューが最悪なことばかり書いてあった寮での生活が今一番良い思い出として残っている。わるいことも良いことも自分の経験し次第で全然人と違う意見になるのならば、なんでもとりあえずやってみることが近道なんだろうな。

 

 

どうしても気持ちが晴れない時はLondon bridgeからテムズ川に沿って歩き、いつでも煌々と佇むビッグベンを見ては「まだまだ!」と自分を鼓舞していた。ビッグベン、いつもありがとうね。

 

私が得たものは、英語だけではない。

 

 

これからの人生を彩ってくれる言葉たち、ヨーロッパを旅したこと。私を好きだと、友達になりたいと真っ直ぐ伝えてくれる友達。そういえば、私が初めての外国人の友達だと言ってくれた子がいたのは嬉しかったな。「いつか英国に戻ってきたらいつでも遊びにきなさい」という言葉をくれた職場にも出会えた。小さいキッチンに20人くらいでおしくらまんじゅうのようにぎゅうぎゅうになって朝まで語り合った日。カレッジで出会った友人らとピンクと青色に輝くマジックアワーを眺めた日はいつまでも甘い記憶である。夕陽になんでこんなにも魅了させられるのだろうか、いつか世界中の夕陽をこの目で見たいな。

大切な大切な日々たち。

 

 

この世のすべてはタイミングなのだろう、コロナによって止められていた時間は、このタイミングでこの人たちにイギリスで会うため、そしてそのタイミングでしかできないことを経験するためだったのだと思う。

 

 

私はここで10年分の経験をしたような気がする、イギリスは私をまちがいなく成長させてくれた。第二の故郷のような先生のような友達のような、そんな場所。それがイギリス。

 

本当に楽しかった。

 

ああ、帰りたくないな。

 

 

今にもはち切れそうなイギリスの思い出が詰まったスーツケースを両手に、日本行きの飛行機に乗った。

 

また必ず帰ってくるから、これからもよろしくお願いしますという思いと共に。