再びシェイクスピアの国で
~ 総本山へ乗り込む ~

 

(3) 2002年12月24日掲載

 百家争鳴 議論尽きぬ晩餐

 

ケンブリッジ大学キングス・コレッジの前で。右が筆者   撮影 中村ハルコ

 

先生と学生たち同居

 今私が住んでいるケンブリッジは、ロンドンから列車で一時間ほどの大学街だ。初めてこの街を訪れると、荘厳なゴシック建築のキングズ・コレッジ・チャペル、石畳の小径、教会の鐘の音、輝く緑の芝生、緩やかなケム川の流れ、そして時が止まっているような静けさに魅せられる。
 ケンブリッジ大学には、コレッジ(学寮)と呼ばれるものが31個あって、学生は入学と同時に、このいずれかのコレッジに属することになる。だから一つのコレッジには様々な分野の学生がいる。
 コレッジとは一体なんぞや、ということになる。私は、賄い付きのでかい下宿屋だと思っている。普通の下宿屋と違うのは、基本的に先生と学生が同居していて、そこで朝昼晩と一緒に食事をしているというところだろう。授業の主流は講義というよりも、スーパーヴィジョンと呼ばれるマンツーマンのレッスンにあって、学生はそこで課せられている小論文に多くの時間を費やす。学生数約13500人に対して教員数が1700人程だから、極めてぜいたくな大学といえる。


延々続くパーティー

 しかし、コレッジの一大特徴は、フォーマルディナー(晩餐会)にある。コレッジによって形式も回数も異なるが、私が属しているコレッジは、週に2回このディナーがある。教員も学生も皆「ハリー・ポッター」の映画よろしく正装にガウンをまとう。午後7時、まず、談話室で立ちながらシェリーパーティーが始まる。銅鑼の音と共に、おもむろに百数十人が大ホールの席に着くと、学寮長のラテン語の祈りが述べられて、食事が運び込まれる。2時間後、コーヒーブレイクのために皆また別室に移ると、2次会のためにまたホールに戻るが、席は食事の時とは異なる。そして、コレッジ特製のワインとチーズと果物だけで、延々と大宴会が続く。もちろん、この会には出たい時に出ればいいのだが、その雰囲気は何とも独特で不思議である。


ロックから政治まで

 話題は、ロック、ダーウィン、チャーチル、シェイクスピア、フセインと縦横無尽だ。経験論の話をする先生に、生物学専攻の学生が素朴な問いをすると、先生はグラス片手に解説を始め、そこに政治学者が入り込んで議論になったかと思えば、「ハムレット」のせりふが引用されて、突然中東問題に話が移っていく…という風だ。
 ちなみに私は、この宴会の終わりを見たことがない。夜の11時前には決まって、千鳥足で席を立つからだ。この晩餐会こそが、70人に及ぶノーベル賞受賞者を生み出しているケンブリッジ大学の真髄かもしれない、と私は思う。