笑いの氾濫

更新日:2012.12.16

作家 丸山修身

 

 今回は、昨今テレビのバラエティー番組などに、ほとんど垂れ流し状態で氾濫(はんらん)している、若手お笑いタレントの笑いについて書いてみたい。彼らはやたらにはしゃいで、明るい。のべつまくなし喋りまくっている。

 しかしこれは本当の明るさであろうか。僕は見ていてむしろ不自然さを感じ、苦しくなる。そう感じさせるのは、笑いのレベルが低いからだろう。前以て笑い声を録音しておき、それを演出でやたらに流しているケースも多い。そんなものを見ても、面白くもおかしくもない。笑いの押し売りを感じてついテレビを切ってしまう。

 タレント諸君にも生活がかかっている。プロデューサーやディレクターに尻を叩かれる彼らも辛いことだろう。このようなお手軽で、わざとらしい、質の低い笑いが社会に洪水のように溢れるのは、実際の暮らしが辛いからに違いない。つまり一種の手っ取り早い麻薬である。

 演出家も、笑いがつねに画面にないと不安になるようだ。しかし、みなさん、映画の傑作を思い出していただきたい。そこには見事な沈黙、静寂があった。それはいわば、絶妙の間(ま)ともいえる。 作曲家の武満徹に『音、沈黙と測(はか)りあえるほどに』という名著があるが、音は沈黙と釣り合ってこそ価値がある。「演出家」には沈黙に耐える度胸が必要である。

 

 昔、学生だった頃、フランスの哲学者H・ベルクソンの『笑い』という本を読んで、笑いが哲学的な研究の対象になることに驚いたものだ。日本にも、柳田国男の、『笑いの本願』、『烏滸(おこ)の文学』(おこ、とは「バカ」を意味する古語である。)など日本人の笑いの特質を論じた文があることを知り、笑いがいかに人間の暮らしに潤いをもたらす大切なものであるかを教えられた。笑いの質は、その国の文化のエッセンスではないかとさえ思う。ただそれは、暮らしに立脚した、にじみ出るような上質の笑いである。

 「寅(とら)さん」の渥美清が死んだ時、僕は非常にさびしく感じ、良い喜劇俳優というのはその国の文化を代表する存在だと思った。その死によって、一つの笑いの文化が日本から永遠に失われたような気がしたのである。

 これは常々感じていることであるが、悲劇は他国でも比較的理解されやすいが、喜劇は上手に演出して上演しないと難しい。文化や暮らしなど、その背景をある程度知らないと、十全な理解は困難である。すなわち或る知的操作を必要とする。『男はつらいよ』があれほど長く何作も続いたのは、誰もが知っている庶民の暮らしに基盤をおいていたからだ。

「心を高く悟りて 俗に還(かえ)るべし」

これは芭蕉の名言である。

 

 次に笑いに関連する、僕が至言(しげん)と感じる言葉を紹介しよう。それは、青森・津軽出身の太宰治の言葉である。太宰は、鎌倉幕府第三代将軍・源実朝の口を借りて次のように言っている。

「アカルサハ、ホロビノ姿デアロウカ。人モ家モ、暗イウチハマダ滅亡セヌ。(『右大臣実朝』)「明るさは滅びの姿であろうか。人も家も、暗いうちはまだ滅亡せぬ。」暗いうちはまだ大丈夫だ。明るくなってくると人も家も危ない、と言っている。言い換えれば、泣いているうちは大丈夫、笑い出すと危ない、ということだろう。

 ここで僕は思い出す。テレビのバラエティー番組に、若手タレントの安直な笑いが氾濫し始めたのと、日本社会から急速に活力が失われていったのが同時並行だったような気がするのだ。

 そもそも若いということは、生命力が旺盛(おうせい)な故に、気分が暗く沈みがちになるものである。若いみなさんは、昔も今のようにやたらと若手出演者がテレビで笑っていたように思われるかも知れないが、それは違う。最近の極めて特殊な現象である。

 若者がこんなにも笑う社会、いや、むしろ笑いに追い立てられる世の中は、果たして健全な社会なのであろうか。僕はそうは思わない。やはりどこか病んでいるのだろう。これは日本社会を覆う閉塞感、沈滞感、失業、希望のなさ、少子化、デフレによる経済の停滞、自殺者、精神を病む人の増加、などと密接に関連していると僕は考えている。

 立ち止まってじっと考えなければならないところで、笑って簡単にやり過ごすことは、一種の逃げであり、怠慢である。「明るさは滅びの姿であろうか。人も家も、暗いうちはまだ滅びぬ」という太宰治の言葉をもう一度思い出していただきたい。

 

 僕も笑いは大好きだ。ユーモアは人間のもっとも大事な資質だとさえ考えている。ただその笑いは、自然なものに限る。いつまでも思い出して笑うことが出来るような、人を爽快にさせる笑いである。わざとらしい、どぎついものはイヤだ。

 最後に、『ロミオとジュリエット』を東北弁による喜劇に翻案して上演してカンパニーのみなさん、どうか頑張ってください。そして楽しい良い笑いをたくさん恵んでください。期待していますよ。