下館和巳のイギリス日記
Vol.9 ―ランズエンドへの旅(1)―入れない温泉なんて― シェイクスピアの誕生日を記念しての六部作 その3
「バースの街でどうして風呂に入れないんですか?」 と、日本の温泉の名人橋元氏(音楽担当)は、その温和な顔立ちを 歪めてじだんだを踏んだ。バースのローマ風呂の湯は正真正銘の温泉で湯量も豊富であるはずだ。彼のポケットから蛙田温 泉のタオルがもの欲しそうに、むなしく顔をのぞかせているのが見えた。私は、高貴な湯気を立てて広がるローマ風呂に、
スッポンポンで飛び込もうとする衝動を、両手で湯をすくって顔を洗うことで押さえながら、「まったくだね。」と丸い顔 を四角にした。
裸で飛び込まなかったのは、建築家の千葉氏の隣に次女のゆうみさんがいたからである。この度の英国旅行は、千葉さ んのゆうみさんへのプレゼントである。私は、彼女のイギリスという国へのイメージが、打ち砕かれるのを恐れたのだ。そ れにしても、理不尽である。私は、係員に怒りが漏れたやわらかな口調で「お風呂に入りたいのですが、どちらに行けば宜
しいのですか?」と尋ねた。すると、「ここをまっすぐに行って右に上りますと、隣接するホテルがございますから、フロン トでチェックインされますと、お部屋にお風呂がございます」と言う。真顔で答えるので、こちらも真顔で「そこで温泉に入 れるのですね」と言うと。「普通のお湯ですが・・・」と初めて戸惑いを見せた。皮肉が空回りに終ったのは、係員のとぼ
けのせいではなかろう。イギリスには温泉文化というものがないからである。
私は永住したいと思えるほどイギリスが好きだ。しかし、今のところ温泉がないこととイカ刺しがないことの二点が、 永住への決断を阻んでいる。 やっぱり日本は、東北はいいっちゃなぁ~