康楽館(No.20 Autumn 1999)
《現代の劇場にはないあたたかさを感じる芝居小屋》

エディトリアル・マネージャー 鹿又正義

 秋田に素晴らしい劇場があるという。いつからか私達はそこで公演することを夢みて
いた。その名前は康楽館。現存する日本最古の芝居小屋。その小屋の歴史を知れば知る
ほど、そこで芝居を演じたい、観たい、という気持ちがつのる。

 江戸時代から鉱山との深いかかわりを持っていた秋田県小坂町は明治になってヨーロ
ッパの技術が導入されて大きく発展した。この町には鉄道も電話も上下水道もかなり早
い時期に施設されたが、その中でも文明開化の象徴ともいえる劇場が明治43年に建設さ
れた。それが康楽館である。康楽館は鉱山で働く人々の慰安施設として建てられたので、
歌舞伎だけでなく、新劇、舞踊、講演会、映画と様々な催しが行われた。危険と隣り合
わせの鉱山労働者にとってこの劇場での催しものは何よりの楽しみで、子供達はそのた
めに学校を早引きしたという。モダンな外観は「明治の貴婦人」と呼ばれる美しさを持
っているが、内部は伝統的な歌舞伎舞台の様式で平戸間、スッポン花道、上手にも花道
があり、回り舞台まである。明治時代を代表する和洋折衷の芝居小屋である。ところが
昭和30年代、鉱山景気は急速にしぼんでゆき、康楽館での興業も行われなくなりさびれ
ていった。しかし昭和60年に町が小屋を譲り受け、修復工事が始められた。町の人々の
熱意が実ったのであった。康楽館は赤字に苦しめられながら10年、ようやく経営が黒字
に転じたという。康楽館は秋田の文化財に指定されているが、ロビーで熱いそばなどを
注文して芝居を観ながら客席で食べることもできる。このような一事をとっても、この
芝居小屋は美しいが妙な気取りがないことがわかる。そして何よりも町の人々に愛され、
支えられている。


 康楽館公演はシェイクスピア・カンパニーにとって恐山公演と並ぶ大きな夢であっ
た。とうとうそれが実現しようとしている。