下館和巳
第三幕
「名前の言葉に宿る魔力」

プロフィール

1955年、塩竃市生まれ。

国際基督教大学・大学院

卒業。英国留学を経て東

北学院大学教養学部教

授。比較演劇選考。シェ

イクスピア・カンパニー

主宰


シェイクスピア・カンパニーという名前の由来は、世界の最先端を眩しく疾走する英
国の王立劇団、ロイヤル・シェイクスピア・カンパニー(RSC)にある。 日本のアマ
チュアの小劇団が、図々しくもロイヤル(王立)を外しただけの名前にした訳はふた
つ。ひとつは、RSCへの素朴なあこがれ。 と、もうひとつは、この名前の音(おん)
の響きがなんともいいからである。
 シェイクスピアの芝居を東北の風土に置き換えて上演するときに、必ず悩まされる
のが名前だが、今年もまた苦しんだ。 私たちの「マクベス」の設定は、 古代末期の
東北で、その構想のべースになっているのは、 前九年、後三年の役だ。 だからとい
って、主人公マクベスの名を、例えば実在したがあまり名の知られていないヒーロー、
安部貞任(さだとう) なんかにしてしまうと、 虚実があやふやになって話がややこ
しくなってしまう。それじゃあ、マクベスの音の一部を生かし 、時代劇らしさを出
してマクベエか? んー、これじゃ、悲劇の主人公というよりはただの呑ん兵衛おん
つぁんだ。         
 シェイクスピア翻案の大先輩は一体どんな風にしたんだろうか?と分厚い資料をひ
もといてみる。仮名垣魯文先生はハムレットを葉武列人(はむれっと)に、坪内逍遥
先生は、オセロを鷲郎(わしろう)に変えている…。なるほど、大御所もみんな原作
の音にはこだわったんだなぁ、と音の魔力をしみじみ感じる。                  
 ああでもない、こうでもないと考えておよそ3カ月たったある朝に、ふと浮かんだ
姓は清原、名は播部蘇(まくべす)。さもない結論にも、結構時間がかがってるんダ
デバ。 
 一昨年に上演した 「から騒ぎ」では、 珍しく原作の登場人物の音からぴょ-んと
離れた。なぜかは忘れたが、喜劇だから少し遊んでみようという気持ちが働いたのか
もしれないし、ベネディクトだのべアトリスだのという名前をムリクリ和風化しても
仕方ないと考えたのかもしれない。                              
 人物の個性に応じて、次々とインディアン風に命名していった。アザラシの髭、鼻
っ柱の強い女、白い風、青いイノシシ、ホタテの紐、踊るイワシ、黄色いトウガラシ、
大豆のアブラ、 アツガリ、アメンボ、タマゴノシロミ…。 ドォーニモ止マラァナイ
ッーなどと山本リンダを歌いながらオダッテいるうちに、いつのまにか、なんだかし
ゃねげっとワクワクする縄文の「から騒ぎ」の世界が生まれていた。                
                                    (つづく)

朝日ウィル 1999年9月7日号より